Willingness
「やる気」というのかね.Will Powerなどという表現もあるけど,つまりは心からの意欲です.
あくまでも「意欲」であって,「欲」とは若干異なる.つまり,willはdesireやneed,want,lustとはまた別格のもの.何かが満たされていない状態を補うためのエネルギーや行動ではなく,理想や福祉,QOLといった現在の状況をより一歩前進するためのエネルギーや行動と考えられる.もちろん文脈や使い方によってはdesireやwantと同じようなニュアンスを持つこともあるけれども,多くの場合,以下のような文脈で使われる.
I am willing to help you out.((私はあなたを)手伝う気満々ですよ.)
I was counting on your willingness to be a part of this project.(君のやる気なら,きっとこのプロジェクトに参加してくれるものと信じていたよ.)
他にもwillは未来系の構文に用いられるけれども,それはつまり,未来に向かって行動を取るという意志のようなものが含まれているからです.だから,確実に起こるbe going toとは違って,おそらく起こるというニュアンスなわけですね.
なぜ今回はそんなwillingnessの話をするかというと,COとは人のwillingnessをどれだけ開放できるかが鍵となるからです.willingnessはボランティア精神に似ているかもしれないけど,ボランティア精神にはどこか利他的・博愛的なニュアンスが含まれていて,本心から臨んでいないように捉えられることが多い.本来,volunteerとwillingnessは同義語なんだけどね.
volunteerというと特に行動を意味することが多い.一方willingnessは何度もいうけれども,意志の部分である.つまり,例えば阪神大震災の時に実際にvoluntaryな行動を取って,被災地に駆けつけた人が多くいたけれども,行動を取らなかった人の中にも何かをしてあげたいという意志,つまりwillingnessを持った人はたくさんいたと思う.つまり,こうしたwillingnessをvolunteerに変えるお手伝いをすることで,多くの人は自分のwillingnessを開放することができる.
未来に向かって建設的な行動を取りたい.問題を抱えている人の生活を支援したい.社会に溢れている問題を解決するプロセスに自分も参加したい.こういった意志の開放をお手伝いするのがコミュニティ・オーガナイザーの仕事なわけである.
人の心の奥に眠っている意欲の芽が出るまで石の上に座って待つということもありだろう.
または,本人たちも気がついていない意志や意欲という種に栄養のある土を与え,水をやることで発芽させることも一つのアプローチだと思う.
ここでいう栄養のある土とは情報で,水とはコミュニケーション(ダイアログ)だろう.
例えば,日本では少子化が問題となっているが,それに対して当事者の20代・30代の人間はまったく問題意識を持っていない.「しょうがない」と思っている.子どもを作り育てるという生物としては自然な行為であり,社会的にも夫婦間における自然な行為として認識されている.政治的にも奨励されているし,経済的にもプラス効果があると思われている.もちろん,子供を持つかどうかは各々の選択であるが,その選択は果たして本心からの選択なのだろうか.忙しい毎日,子供の教育費の問題,ストレス社会における希望の欠落など,様々な理由から若い夫婦の間で子どもを作るという「意欲」の種が深い土の中に埋もれてしまっているのではないだろうか.
少子化の問題を情報とコミュニケーションで解決できるとは思っていない.しかし,もし当事者に変革を起こすという意欲があるのなら,それは可能だろう.willingnessをどのように開放することができるか,そのお膳立てをするコミュニティ・オーガナイザーの手腕にかかっている.そのお膳立てをする上で制度や政策は有効な道具となる.しかし,そこに当事者のwillingnessが伴わない限り無用の産物となろう.まるで,芽の出ないトマト畑の支え棒のように.
ちなみに,それじゃあ,どのように人のwillingnessを開放するお手伝いができるのかを知りたい人は,まずPaulo Freireの"Pedagogy of the Oppressed"(邦題:被抑圧者の教育学)を読んでみてください.
